ドジで間抜けな逮捕劇——なりすましカード詐欺【元ヤクザ《生き直し》人生録】
【塀の中はワンダーランドVol.4】ドジで間抜けな逮捕劇
◼️ドジで間抜けな逮捕劇
「どうなさいますか、お客様。これだけ、いいお車なら、新しいタイヤに交換された方がお車も痛まず、いいと思いますが……」
父っちゃん坊や顔の従業員が、にこやかにほほ笑みながら勧めてくる。
我に返ったボクは一本だけ新しいタイヤにしても格好つかないことから、全部のタイヤをカードで交換することにした。タイヤはミシュラン、値段は8万2000円プラス消費税だった。
「よし、取り替えるので、支払いはカードにしてくれ」
「わかりました。お預りしているカードでよろしいですね」
「ああ、いいよ」
そう言うとボクは待合室に戻り、また煙草に火をつけてプカプカやり始める。
ガランとした店内には、ボクの他に数人の客が車の仕上がりを待っていた。するとまもなくソファーに座っているボクの後方から声が上がった。
「お客さん、カード会社の人が電話に出てくれと言ってますけど……」
ボクは何のことかわからず振り向いた。するとカウンターの奥に設置してある電話機のところから、受話器を握った別の従業員がボクの方を見ている。
「オレか?」
ボクが自分の顔を指して叫ぶと、「お客さん、このカード使えないらしいです。カード会社の人が電話に出てくれと言っているんですけど……」と言う。
このときボクは初めて、従業員がカード会社へ承認を取っていることに気がついた。
間抜けなボクは従業員に向かって叫んだ。
「カードが駄目なら現金で払うから、早く交換してくれ。そんな電話、放っぽっといてかまわねぇから」
財布から九枚の1万円札を抜き取ってカウンターの上に置く。
従業員はそんなボクの言動に困惑した表情を浮かべながら、何かを言おうとしていたが、その口を噤むと、そのままくるりと背を向けてしまった。そして、電話口に向かってしきりに何かを話し始めた。
ボクはカウンターに置いた九枚の札びらに背を向けると、くちゃくちゃになったラーク・マイルドソフトの煙草の取り口に指を突っ込んだ。そして折れ曲がった煙草を一本取り出して口に咥え、手にしていたライターで火をつけた。ソファーの上で、煙草の先から上がる紫の煙をくゆらせながら、呑気に南の島へと思いを馳せ始める。
このときボクは、なぜ従業員から盗難カードを取り返してズラかるという行動に出なかったのか、不思議でならない。
誰かがボクの背後から肩を叩いた。ふと、夢から覚めたかのように振り向くと、そこに制服を着た警察官の顔があった。このときになっても、ボクは自分の置かれている状況を把握することができなかった。
「あなた、ポールさん?」
「えっ? オレ?」
「そう、あなた、ポール・フィッツジェラルドさんですか?」
突然尋ねられたボクは内心、ヤベーと思いながら、
「オレ? あ、そうそう、オレ、ポールだよ、ポール」
思い出したように答える。
このときになって初めて、状況が飲み込めたのだ。
「それではポールさん、事情を聞かせてもらうので、署まで来てくれるかな」
数人の警察官に囲まれて表へ出ると、数台のパトカーがボクの愛車レクサスの行く手を遮るように停まっていた。
結局ボクは、この手の犯罪の常識とテクニックといった必要最低限の知識がなかったことから、トンマで間抜けでドジな逮捕劇を演じてしまったのだ。
教訓。「犯罪はしっかりテクを身につけて準備万端抜かりなく」じゃない、「犯罪はよそう止めよう手を出すな」である。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
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2020年5月27日
『塀の中のワンダーランド』
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新規連載がはじまりました!《元》ヤクザでキリスト教徒《現》建設現場の「墨出し職人」さかはらじんの《生き直し》人生録。
「セーラー服と機関銃」ではありません!「塀の中の懲りない面々」ではありません!!
「塀の中」滞在時間としては人生の約3分の1。ハンパなく、スケールが大きいかもしれません。
絶望もがむしゃらに突き抜けた時、見えた希望の光!
「ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜」です。